在宅診療と当たり前の幸せ

2000人以上お見取りをしてきた在宅診療医が、どんな病態でもどんな家の環境でも「在宅で大丈夫だよ」と言いたいという思いを伝えます
山中光茂 2026.08.14
誰でも

在宅診療と、当たり前の幸せ

「最期まで、家にいたい」

そう話される患者さんは、決して少なくありません。

でも、その隣にいるご家族は、少し不安そうな顔をされます。

「本当に家で大丈夫でしょうか」
「苦しくなったらどうするんですか」
「私たちだけで介護できるでしょうか」
「何かあったとき、間に合わなかったら……」

その不安は、当然だと思います。

私は、在宅診療に携わって10年になります。

これまで2,000人を超える方々の人生の最期に、自宅で関わらせていただきました。

がんの終末期の方も、難病の方も、認知症の方も、一人暮らしの方もいます。医療的な処置がたくさん必要な方もいれば、ご家族だけではとても介護できそうにないと思われていた方もいました。

それでも私は、多くの場合、最初から「病院にしますか、施設にしますか」とは聞きません。

まず、こう伝えるようにしています。

「家でも大丈夫ですよ」

この一言が、在宅診療の出発点なのではないかと、私は思っています。

「家にいる」ことを諦めなくていい

「家で最期まで過ごす」と聞くと、ご家族が24時間つきっきりで介護しなければならないと思われる方がいます。

でも、本来の在宅医療はそうではありません。

痛みがあれば、医療用麻薬を含めてきちんと痛みを抑える。呼吸が苦しければ、酸素や薬を使って呼吸を楽にする。点滴や注射、カテーテルの管理など、必要な医療を家で行う。

医師だけではありません。

看護師、介護士、ケアマネジャー、リハビリ職、薬剤師、栄養士など、さまざまな専門職が関わりながら、その人と家族の生活を支えていきます。

そして、夜中に状態が変わったときにも、休日に不安になったときにも、「困ったときには連絡してください」と言える体制をつくる。

つまり、患者さんを家に帰して、家族に任せるのが在宅診療ではありません。

医療や介護の専門職が家まで出向き、患者さんと家族を支える。

病院で患者さんを待つのではなく、医療のほうから、その人の暮らしの中へ入っていく。

それが在宅診療です。

家族が頑張りすぎないことも、大切な医療です

私は、患者さんの苦痛を減らすことと同じくらい、家族の介護負担を減らすことを大切にしています。

「家で看取るのだから、家族が頑張らなければ」

そう思わなくていいのです。

オムツ交換が大変なら、介護の力を借りればいい。

夜が怖ければ、夜間も相談できる体制をつくればいい。

食べられなくなったとき、眠る時間が長くなったとき、呼吸が変わってきたときにも、「これはどういう状態なのか」「これから何が起きるのか」を私たちが丁寧に説明する。

分からないから、怖くなる。

だから、医療者がそばにいて、一つひとつ「大丈夫ですよ」と伝えていくことには、大きな意味があります。

もちろん、すべての人が自宅で過ごすべきだとは思いません。

病院が安心な人もいます。
施設のほうが暮らしやすい人もいます。

大切なのは、「この状態になったら、もう家では無理です」と、最初から選択肢を奪わないことです。

最期まで残る、「当たり前の幸せ」

10年間、たくさんの方の最期に立ち会ってきました。

そこで私が教えてもらったのは、人が人生の最後に求めるものは、必ずしも特別なものではない、ということでした。

いつもの布団で眠ること。

家族の声が聞こえること。

好きだったテレビがついていること。

窓からいつもの景色が見えること。

飼っている犬や猫がそばにいること。

孫が学校から帰ってきて、「ただいま」と言うこと。

食べられるうちは、好きなものを一口だけ食べること。

そんな、元気なときには気にも留めなかった日常が、人生の最後には、とても大切なものになります。

私はそれを、**「当たり前の幸せ」**だと思っています。

医療には、人の命を延ばすという大切な役割があります。

でも同時に、その人が大切にしてきた暮らしを、最後まで守る役割もあるはずです。

高度な医療を家で行えることは、もちろん大切です。

けれど、在宅診療の本当の価値は、医療機器や薬の種類だけでは測れません。

専門的な医療をきちんと届けることで、

「病気になっても、あなたの暮らしまで諦めなくていい」

と伝えられること。

そこにあるのではないかと思っています。

病気が進んだから。
歩けなくなったから。
食べられなくなったから。
一人暮らしだから。
家族の介護力が十分ではないから。

そんな理由だけで、

「では、病院にしますか」
「施設を探しましょうか」

と、人生の居場所まで決めてしまわない。

その前に、私たちは言いたい。

「家でも大丈夫ですよ」

もちろん、本当に大丈夫にするためには、医療者側に覚悟が必要です。

24時間支えること。
苦痛をきちんと取ること。
家族に無理をさせないこと。
そして、何かあったときには私たちが責任を持って駆けつけること。

「大丈夫ですよ」は、ただ優しいだけの言葉ではありません。

専門性と責任を伴った、医療者から患者さんと家族への約束なのだと思います。

これからこの場所で、在宅診療の現場で出会った人たちのこと、引きこもりや不登校の子どもたちのこと、家族のこと、地域のこと、そして私自身が考えてきた「幸せ」について、少しずつ書いていこうと思います。

特別な幸せをつくることは、難しいかもしれない。

でも、その人がずっと大切にしてきた「当たり前」を、最後まで守ることなら、私たちにもできる。

医療とは、命を守るだけではなく、その人の「当たり前の幸せ」を守る仕事でもある。

10年間の在宅診療を通して、私はそう思うようになりました。

しろひげ在宅診療所 院長 山中光茂

無料で「しろひげ先生、山中光茂の在宅診療と当たり前の幸せ」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

誰でも
戦後81年の当たり前の幸せ